イベントまで間がある時期で、ブログを放っとくのもなと思ったので、
「勝手にコラム」という企画を始めてみました。
私に限らず、インマテメンバーの皆さんは、何か書きたいことができたら遠慮なく投稿してください。
(執行部以外の方は私にメールしてください)
さて、第1回めは、金魚ちゃんシナリオについて書きたいことがあったので、
殴り書きさせていただきます。
シナリオの中身について全力で遠慮なくネタバレしますので、
未プレイの方は今のうちにブラウザバックしてください。よろしくです。
↓
金魚ちゃんかわいい! ・・・のはもちろんとして、
このシナリオは「羊飼いとは何か」という感じだったかなと思います。
世界の平和と人類のため・・・と言って新人を勧誘し、
人類全体の幸福を願う奉仕者・・・だったはずが、
大きな目的のためなら小を殺すことも厭わなかったり、
一度羊飼いになったら、その使命から抜けることは絶対できない。
(あの人間に戻る手法はおそらく金魚ちゃんにしかできない)
「羊飼い」というものに疑問を持ったら、何十年も監禁されて改心(洗脳)させられる。
並みのブラック企業では太刀打ち出来ないレベルのブラックぶりです。
ナナイさんが本編無印の方で「高い理想を持った羊飼いは…」なんて話をしてましたけど、
実際、それぐらい高い理想がないと、精神が壊れてしまうんじゃないかなと思ったり。
私が最近読ませて頂いた他のブログで、「増える一方のはずの羊飼いが何故人手不足なのか?」とあったのですが
その筆者の方の推察通り、壊れてしまう羊飼いが後を絶たないからでしょう。
ナナイさんみたいに、右から左に淡々と、って人じゃないと続かんのでしょうね。
そのブログの方は、「このシナリオは『羊飼い』というものの設定破綻じゃないのか」と書いておられましたが
私はちょっと違う受け止め方で、「羊飼いなんていうものが本当に存在したら、現実はきっとこんなだよ?」と示してるんじゃないかなと。
「死ぬとか羊飼いに俺もなるとか、展開が安っぽい」とも言っておられましたが・・・
でも実際自分がそういう場面になったら、やっぱり同じ想いになるんじゃないかなあと、私は思いました。単純な人間なもので。
思えば、大図書館の羊飼いでは、羊飼いというものが、白崎つぐみ(=図書部)と対比して描かれていたなあと。
具体的に言うと、白崎つぐみから、「人間味」のような部分をすべて切り落としたのが「羊飼い」。
人間味があるから、世の中は面白いし、人と触れ合うのは楽しいんだよ、みたいな。ベタですけどね。
凪シナリオがこんな感じでしたね。人間を拒絶して羊飼いになろうとしていた凪、その対極にいるつぐみ。
そのちょうど真ん中にいる筧。
ナナイさんが言う羊飼いの理念。「導くのではなく、ただ寄り添う」
でも、その理念を体現できていたのは、羊飼いではなく、つぐみだった。
何というか、本編では羊飼いについて色々と書き足りなかったんだろうなあという
シナリオライターさんの思いが感じられました。
有名なトロッコの問題。1人を轢き殺さねば5人を轢き殺すことになる、さてどうするか。
羊飼いであれば1人を轢き殺すことを問題なく選ぶでしょう。
つぐみだったら? おそらくは、「誰も死なないようにギリギリまでがんばるよ」と答えるでしょう。
答えになってない!結局どうするんだ!というツッコミもあるでしょうが、それはそれとして。
そういうところが白崎つぐみの人間としての面白さなんじゃないかなと、私は感じました。
まあ、つぐみは例外中の例外なほどの善意のかたまりですから、なかなか現実には・・・ってところもあるのですが。
あと、個人的に「おっ?」と思ったのは、シナリオ終盤の筧くんのセリフ。
「別れるのを了解した上で付き合うって何だよ? 挙句に最初から別れるって決まってたんだから、笑顔でお別れしましょうって何だ?」
これ、私の記憶が間違ってなければ、「笑顔で別れよう」って、シンシアと別れるときの達哉が言ってるんです。
シンシアのシナリオをああいう結末にしたことを、シナリオを書いた方(おそらく榊原さんだと思うのですが・・・)は、
ずっと何か思うところがあったのかなあ、と邪推せずにはいられなかったり。
ああ、ユースティアもかな。(私、実はユースティアをプレイしてなかったりするので細かくは分からないのですが)
初めてのコラムを、忘れないうちにー! って一気にがーっと書いてしまったので、
おかしいところとか、不充分なところがあったらごめんなさい!
何が言いたいかと言うと、金魚ちゃんかわいい!(結局それかよという)
※参考にさせて頂いたブログ
大図書館の羊飼い-Library Party- 一之江金魚ちゃん攻略感想
ツンデレ禁猟区 ~もっとやめて!~ あさると。
(※ちょっと追記)
昨日、 このコラムを読んでくださった方とtwitterで話したのですが、その方が
「なんだか羊飼いを全否定してしまっているようなシナリオだった」と言っておられて、
ああ、そうだ確かに、と私は思いました。
実は、このシナリオで、羊飼いというシステムを否定したかったんじゃないかなって。
否定、の意味は「不存在」ではもちろんなくて、
大図書館シリーズの冒頭で「夢のような存在」として描いた羊飼いを
現実を見せて否定的に描く、というような。
結局は、誰か(羊飼いになる本人や家族とか)を犠牲にしないと成り立たないシステムですからね。
こんな所も、羊飼いになろうとした筧を引きずり戻して来た時の玉藻のセリフ
「誰かを犠牲にしなきゃならないのなら、こんな部活とっととやめだ」との対比になってるんだなあと。
私思うに、羊飼いは全自動プログラムにすればいいんじゃないですかね。
3D映像かアンドロイドのような感じで。全部スーパーコンピュータがやってくれて。
マルグリット姉妹だったらそんなシステム開発できそう・・・。
ああ、コンピュータ様のおかげで人類は今日も幸福です。幸福は義務です。ZAPZAPZAP…
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